|

1.疑わしきは罰せず
2.思わぬうつ病
3.生検にだすためにブツをとる
4.イレギュラー発覚
5.全摘宣言の日
6.封じ手をあける
7.覚悟を決めるまで その1
8.覚悟を決めるまで その2
9.手術予定日を決める
10.手術でおこりうる問題
11.内科医は話し方がうまい
12.外来終了
13.入院の日
14.永久気管孔という穴
15.手術
16.あちらの世界にいったT その1
17.あちらの世界にいったT その2
18.下痢と微熱と貧血と
19.とつぜんの狭心症発作
20.失神発作
21.手ごわい嚥下の練習
…この項終わり…
|
5.全摘宣言の日
6月30日。
放射線治療科でのJ医師の診察。J医師はD医師に先駆けて、先週行ったノドの生検の結果を教えてくれた。
「腫瘍だったようですね。残念ですが……」
やっぱりそうか。
「食道はきれいになっているようですよ」
J医師は消化器外科のカルテをひっくり返して、カルテに貼ってある、以前にとった内視鏡の写真と、今回とった内視鏡の写真を比べて見せてくれた。たしかに以前みえていたルゴールの茶色にうかぶ白いがんの塊はなくなっている。
「D先生は手術を考えられていると思いますよ。私も手術をお勧めします」
放射線はすでにめいっぱいの線量がかけられていて、これ以上照射すると喉頭が崩れてしまったり、重篤な副作用がおこる危険性が高く、もう一度放射線治療というのは無理だという。
「でも、D先生なら部分切除というのも考えてくれるかもしれないから」
J医師は、なぐさめのつもりでいってくれたのだと思う。
でも、ちょっと待った。そんなことを気軽にいうな。Tが期待しちゃうじゃない。
だいたいどの本にも「放射線治療をやってだめたったら喉頭全摘」と書いてある。
喉頭がんの進行がんに対する治療法は長いこと「全摘」手術だった。それが最近は、なんとか声を残す方法を探そう、全摘は最後の手段、という風潮になってきた。それで限られた症例で喉頭の機能を一部残す「部分切除」手術が検討されるようになった。その患者のがんの大きさや浸潤の程度など、あくまで「限られた」症例にのみ適用される。
つまりTの場合、「放射線治療」というのはすでに患者のQOLを考えての結果なのだと思う。「放射線治療がだめだったから部分切除、それでだめだったら全摘」というわけにはいかないのである。すでに一度首のリンパ節郭清手術を受けているTである。同じ箇所を何度も手術する、というのはむずかしそうだ。しかも、すでに放射線がかかっていて、ただでさえ手術条件が厳しい。部分切除ができるなら、最初から手術の選択肢に入ってきただろうし、放射線治療は選択肢にあがってこなかったのではないだろうか。
J先生はなんでもぽんぽん話すからいろいろなことを聞きやすいけど、患者に期待をもたせるようなことをいわれるのは困る。
続けて、J医師は、
「お酒は飲んでいるの?」と聞き、「いいえ」とTが答えると、「すこしなら飲んでいいのよ」という。
ま、待った。医者が飲んでいいといったら飲んじゃうじゃない。
私はあわてて口を挟む。
「あ、いえ先生。Tはたばこをやめられないので、せめてお酒はやめているんです。さすがに酒とたばこのダブルパンチは怖いので」
J医師は私にいう。
「酒もたばこも禁じられると鬱になる人がいるので、飲んでもいいっていったんですけどね」
先生、たばこよりも酒のほうがまだましだっていう意見は、さんざん彼の耳に入ってますけれどね、彼はそれでもたばこをやめられなかったんです。
J医師はTに聞いた。「正直に答えて。1日に何本吸っているの?」
Tは答えにくそうに、小さな声で「10本」。
「なるほど。酒よりたばこをやめたほうがいいと思うんだけどね」
というJ医師に、私は腹の中で「そんなこと、もう百万回もいいましたっ」といった。もちろん声にだしてはいわなかった。おとなだもん(でも、顔にでていたかもしれない)。
診察が終了する。診察室をでていく私たちにJ医師が言葉をかけた。
「長生きできるがんですからね。落ち込まないでね」
ぶちっ。
ついに私は切れた。それでも診察後、なんとか「ありがとうございました」といった。だっておとなだもん(でも、声に表れていたかもしれない)
ぶち切れた私は、次に頭頸科に行く廊下を歩きながら、Tに文句をぶちまけた。
「落ち込むなっていうのは、落ち込んでいる人にいってよ。私たちはがっかりしたけれど、落ち込んでなんかいないわよ。落ち込んでいないのに落ち込むなっていわれたら、かえって落ち込んじゃうじゃないの、ねえ?」
「はいはい、そうだね」
Tはこういうときの私の扱いは慣れている。いつものように話をきかず、適当に相づちをうったのみ。ちぇっ。
|