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1.疑わしきは罰せず
2.思わぬうつ病
3.生検にだすためにブツをとる
4.イレギュラー発覚
5.全摘宣言の日
6.封じ手をあける
7.覚悟を決めるまで その1
8.覚悟を決めるまで その2
9.手術予定日を決める
10.手術でおこりうる問題
11.内科医は話し方がうまい
12.外来終了
13.入院の日
14.永久気管孔という穴
15.手術
16.あちらの世界にいったT その1
17.あちらの世界にいったT その2
18.下痢と微熱と貧血と
19.とつぜんの狭心症発作
20.失神発作
21.手ごわい嚥下の練習
…この項終わり…
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16.あちらの世界にいったT その1
手術翌日。Tはこの日も1日、ほとんど寝ていた。前回の手術のときのようにわめく「声」もなく静かで、私は「今回は楽勝だね」とまで思った。1日なにごともなくすぎたので、Tは今晩も静かに寝ているだろうと思い、夕方に家に帰った。
しかし! このとき、すでにTは「あちらの世界」にいたのである。
2日め。29日。午後に病室を訪れると、Tがベッドの上に座っていた。
げっ、なんで?
見ればドレーンが抜かれている。3日間、つまり今日までは安静のはず。なんで起きあがっているの?
看護婦さんがやってきたので聞いてみた。
「ゆうべTさんは大暴れして、四人がかりでおさえたって。今朝になって先生の判断でドレーンを抜き、起きあがってもいいってことになったのよ」
その看護婦さんの話によると、始まりは昨夜19時だった(私が帰ってまもなくだ。なんてこったい)。Tが鼻の管をいじってしまい、鼻血を出していたらしい。管は抜けないように鼻の穴の中すぐのところに縫いつけられている。そこをひっぱったために出血したのだ。
その後、24時の見回りのときに、体を起こしているTを発見。看護婦さんがなんとか寝かせた。しかし、2時半にはベッドの上に座っていて、すでにいろいろな管は体から抜けてしまっていた。看護婦さんはあわてて寝かせようと体を押さえると、突然暴れだし、「ここは癌研病院ではない。妻はなぜいない」とわめいたという。
ぎょえー。
手術前のD医師の言葉を思いだす。
「手術後、暴れる方もいらっしゃいますが、今回はご家族の方もいらっしゃるので」
す、すいませんっ。家で爆睡してました。
もともと「おばさん顔」のTの顔はぱんぱんに腫れ、そのまんまる顔はまるで「おしゃまな太った女の子」。やっぱり暴れたということと、今のすねた表情がかわいくて、私は笑いが止まらなかった。
ふとTの手を見ると、甲が紫に腫れている。げっ、笑い事ではない。けがをした人はいなかったのだろうか。
「だいじょうぶ、Tさんだけじゃないから。私たちも慣れているし」
看護婦さんはこともなげにいった。その言い方が、いかにもプロの言葉でかっこいい。と同時にこの言葉はありがたかった。暴れて許してもらえる世界はそうそうない。
ベッドの柵には拘束具がぶらさがっていた。はじめて見る拘束具は想像していたよりもいやな感じじゃなかった。縛られているところを見なかったからかもしれない。いわゆる白い「ひも付き」リストバンドである。内側はタオル地ですこしクッションが入っていた。
そうか、縛られちゃったか。そうだね。きみは病人とはいえ基礎体力があったから、ちびっこの看護婦さんを振りはらうのくらい簡単だよね。
紫色をしたTの手の甲をさすりながら「やっぱり暴れたんだね。おかげで今回もドレーンを抜くところが見られなかったよ」と笑いながらいうと、Tは、血が点々とついている仕切りカーテンを指さして、ボードに「4人ぶっ飛ばして覇権をとった」と、意気揚々としていた。
これで終わった、と誰もが思った。いや、すくなくとも私はそう思った。
あまーい。
本番はこれからだったのである。
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