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1.疑わしきは罰せず

2.思わぬうつ病

3.生検にだすためにブツをとる

4.イレギュラー発覚

5.全摘宣言の日

6.封じ手をあける

7.覚悟を決めるまで その1

8.覚悟を決めるまで その2

9.手術予定日を決める

10.手術でおこりうる問題

11.内科医は話し方がうまい

12.外来終了

13.入院の日

14.永久気管孔という穴

15.手術

16.あちらの世界にいったT その1

17.あちらの世界にいったT その2

18.下痢と微熱と貧血と

19.とつぜんの狭心症発作

20.失神発作

21.手ごわい嚥下の練習


 …この項終わり…


 

  14.永久気管孔という穴


 喉頭と咽頭をとって首のつけねに穴をあける、というのは、ふつうなら息をするのも、物を食うのも途中まで同じ通り道を使っていたのを、別々の道、それぞれの専用道路をつくる。気管は直接、のどにあけた穴につなぐ。この穴が、永久気管孔とよばれる穴だ。「永久」という字のごとく、穴を閉じる弁などはつけられず、左右両鎖骨の真ん中上あたり、首の付け根にいつも穴があいている状態になる。

 通常、呼吸のための空気は鼻からはいって肺にはいる。空気は肺に届くまでに、鼻で塵をとられ、鼻から咽頭のあたりで適当に湿り気を与えられ、あたためられる。こうやって、空気は肺にとってちょうどいい湿度と温度にされる。ちなみに肺のなかの空気は、湿度95%、温度37℃。

 永久気管孔をつくると空気の通り道が通常より短くなってしまうため、空気は、湿り気があたえられず、塵もとられないで肺にはいってしまう。すると肺が刺激されてタンがでやすくなる。通常は口からだすタンも、永久気管孔からだすことになる。

  しかもそのタンは湿り気が少ない空気のためにかたくなりがち。とくに冬など、空気が乾燥する時期はかたくなったタンが気管孔の中でつまり、息が苦しくなることがある。乾いたタンには、気管孔に蒸気をあてたり、蒸しタオルをのせたりして湿り気を与えるとやわらかくなる。

 塵などは、穴の前に小さなガーゼのエプロンをつけて、気管に入る量を少なくする。このエプロンガーゼは、上からワイシャツを着て、ゆるくネクタイをしめてしまえば外から見えることはない。穴を圧迫しなければ、呼吸はできる。

 肺に直結しているから、気管孔に水が大量にはいると溺れる。つまり、風呂にはいるときに肩までつかると穴が湯の中に位置することになるので溺れるのだ。だから、湯船につかれるのは胸あたりまで。同じ理由で水泳もできない。Tは水泳をやらないので問題はないが、風呂が心配。Tの性格からすると、なんだか騒ぎが起きるような気がするなあ。

 また、においをかぐことができなくなる。空気の流れがにおいをキャッチする鼻を通らないので、においがわからなくなる。ただ、食道発声ができるようになると、においはわかるようになるらしい。まあ、Tはふだんでも鼻が悪いせいか、においに対しては鈍く無頓着だったので、これはあまり問題にはならないかもしれない。

 口呼吸もしなくなるので「すする」ということができなくなる。麺類をすすりこむことができないということは、麺をすすり込めない異人のように、うどんをもそもそ食う……もとい、音を立てずに上品に食べる、というわけね。

 たばこも吸えなくなるのか。でも、Tのことだから気管孔でたばこを吸うんじゃないだろうか。首の穴から煙がプカーっとでてきたりして。直接肺に入れるからきくなあ、とかなんとかいって。穴のまわりがニコチンでやに色に染まって。できるかどうかわからないけれど、ほんとうにやりそうだから怖い。

 それから、声がでないということ。

 私は、Tが話せなくなる、ということに対してさほど悲観的ではなかった。Tがいうように意見発表の場はあるし、いまはタイプした文章を読みあげるパソコンもある。訓練すれば、食道発声、器械を使った電気発声法などもあり、話すことに関しては、何とかなるだろうと思った。

 それよりも、永久気管孔のほうが、よっぽど心配だ。鼻や口からでなく、ノドで呼吸するということがどういうことになるのか、想像がつかないからである。「不慮の事故」という恐怖。無意識のうちに今までと同じ行動をとると命に関わることもある、というほうが、話せないということよりもずっと恐ろしく思えた。



                                  

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