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1.手術の日

2.T、わめきちらす

3.眠れない夜

4.翌日から体を動かす

5.美しい手術の跡

6.抜糸見学ミッション

 …この項終わり…

 

  2.T、わめきちらす


 やがてTがストレッチャーで病棟にあがってきて、ストレッチャーからベッドに移される。
 ご対面。

 Tの体には脱がされた手術着とタオルケットがかけられていた。左耳の後ろから鎖骨まで、斜めにでかいガーゼをあてられていたので、傷口を見ることはできなかった。ガーゼの下からドレーンが三本でている。首から二本、鎖骨の上あたりから一本。ドレーンの先は蛇腹の丸形容器につながっていて、ここに不要な血がたまる。

 口には酸素マスク、腕には点滴の管、ちんちんにはカテーテル。Tの体の上で数本の管が交錯する。看護婦さんがそれぞれの管がねじれたりしないように、管と、その先についている袋類を上手に配置してくれた。

 それなのに、Tはベッドの上でのたうちまわった。ベッドの上に移されてまもなく起きあがろうとして、驚かされた。何度も起きあがろうとするがそのたびに必死になだめて、横にさせる。

「おれは息を吸うことしかできないのかっ」
と、どなるT。その言葉が胸に刺さる。Tが気の毒だ。けれど、これ以上暴れられても困るからきっぱりいう。

「そうだよっ」

 以後、さすがに上半身に大きな動きはなかったが、下半身は大暴れ。足をのばしたり曲げたり、腰をひねったり。せっかく看護婦さんが配置してくれた管がねじれたり、体の下敷きになりそう。こんなに暴れたら傷口が開くのではないか、ドレーンが抜けてしまうのではないかと、みているほうは気をもんだ。そばにいた看護婦さんに聞いてみる。

「あの、下半身だけで暴れているんですけれど」
「麻酔から覚めかかっていて、苦しいのかもしれないですね」
 ま、こんなものですよ、くらいの軽い返事に、そんなものかと思う。

  Tは、麻酔からさめても、自分の体の置き場所、横になる体勢をどうとるかを探りながら、もぞもぞと体を動かしていた。枕を欲しがったが、手術直後は頭の位置を高くできない。見かねた看護婦さんが「このくらいの高さならだいじょうぶでしょう」と、1枚のバスタオルをたたんで首と肩のすきまにいれてくれた。すると、体勢が安定したのかTは暴れるのをやめた。

 しかし、口はまだ暴れていた。部屋中に響きわたる大声で、回りきらない舌でわめく。
「ちきしょう」「いてえ」「すげえ、肩こりだ」「息が苦しい」

 「ちきしょう」の連発には、その言葉の汚さに辟易。とにかく、「痛い、肩がこる」という訴えは、今はどうしようもないから却下。「息が苦しい」という訴えには、酸素マスクをしているんだから酸素は十分供給されているはずなのに、と思いながらも看護婦さんに聞く。

「息が苦しいといっているんですが」
「酸素マスクのせいかもしれませんね。あんまり苦しがるようだったら、すこしだけならはずしてもいいですよ」

 Tはほとんど目を閉じていたが、起きているのか眠っているのかがわからない。寝息をたてることもあるのだが、寝たかと思えば目を覚まして、またわめく。
「ねむりてえ」
 穴があったら入りたい。

 落ち着いてきたころを見計らって、話しかけてみた。
「どう?」
「追いつめられる感じがする」
「夢を見たの?」
「妄想だよっ」

 怒らせてしまいました。

 とにかく、話をしようにも彼の口調はすべて怒りに満ちていて会話にならない。「おしっこしてえ」というので、てっきり我慢しているのかと思い「だいじょうぶ、カテーテルがついているから」といったら、「思いっきりしたいんだっ」といって怒ったし。

 化学療法のときの「おしっこマシーン」は健在で、尿はカテーテルを通って袋にどんどんたまっていった。くわえて夕方から熱が高くなり、Tはしきりに水を欲しがった。けれども、今日は水を飲んだらいけないことになっている。そこで看護婦さんとも相談し、水で濡らしたガーゼで口の中を拭くことにする。

 こういうことは初めてなので、おそるおそる、まずは乾いた唇を拭く。するとTの怒号が飛ぶ。

「死に水じゃねぇんだから、口の奥にガーゼを入れろ」

 ひょえー、またまた怒らせてしまいました。

 Tの口の中は、血で茶色に染まっている。舌も歯も茶色。ふだんはわからない差し歯の継ぎ目もくっきり浮かびあがっている。こんなんじゃ口の中がじゃりじゃりするだろうと、歯や舌を拭く。血は軽くぬぐうだけでは落ちず、なんどもこすった。

 Tは口の中が湿ると、もういいよ、といって目をつむる。私は拭くのをやめて、ベッドの脇の椅子に座る。Tが寝ていると、平和だ。

 それにしても。

 最初に予定されていた手術に比べれば、頸部郭清は簡単な手術なのだろうけれど、それでも4時間は長かったよね。お疲れさま。

 そっとTの手を握る。その冷たさに息をのむ。Tの手は、氷水に長時間つけていたような冷たさだったのだ。冷え性の私が懐炉がわりにしていたTの手が、こんなにも冷たいのは初めてのことで、どきっとした。早く温かさが戻ってきて欲しい気持ちと、私はここにいるぞ、という意味をこめて改めてTの手を握った。



                                  

Copyright 2001 neko , All Rights Reserved. 記述内容は当時のものです。


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