[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック


1.今になって穴?

2.今後の展開予告

3.第1回修復手術

4.へろへろとよれよれ

5.動脈破れる

6.待つこと3時間

7.動脈、ふたたび破れる

8.「捨てる」という言葉

9.ふくれあがる疑心

10.どっかーん!

11.もう一度手を組むために

12.突然さしで勝負

13.主治医はきみだ

14.「説明」はあなどれない

15.妄想と現実が混在する頭

16.妄想から不信感

17.元気になれば頭も

18.てごわい感染

19.地道な作業を積み重ねて

20.本日の「すっぽん」

21.バルブと栓

22.第3回修復手術

23.1時間でも緊張するT

24.どばっと噴出

25.長期戦のつらいとこ

26.経過は順調

27.第4回修復手術

28.男の乳首

29.わかったつもり

30.こぶしともこもこ

31.「四方」は穴か

32.最後の縫合

…この項 終わり…

 

 

 

  1.今になって、穴?


 気がつけば季節は夏真っ盛りだったので、私は気分転換と運動不足解消をかねてプールに行った。一泳ぎし、室内プールだけれど夏を楽しんで、満ち足りた気分で勢いよく病室のドアをあける。「おっはよう」

 げっ。

 Tが鼻から管をぶらさげて、ぞうさんになっていた。「五分粥に刻み食」にたどりついた、ある午後のことだった。

 話をきくと、どうやらTは、今朝起き抜けにお茶を飲んで、むせたらしい。
「?」

 だって、咽頭から食道、胃までは一本道になって、完全に気道とは別の道になったので、基本的に食べたり飲んだりしたものが気管に入るってことはありえない。

 で、この日の朝は、大騒ぎだったらしい。

 朝、目が覚めたTは気分がすっきりしないので、とりあえずお茶でも一杯、と飲んだ。しかし、お茶はすんなりとは胃に落ちずに鼻に回りそうになった。Tは、両耳をふさいで飲み込めば胃に落ちるのではないかと思って実行に移したら……むせた。ほとんど胃に落ちたが、すこしだけノドから気管に入ってせき込んだのだ。

 あわててナースコールをしたが、看護婦さんにも理由がわからない。なにせ早朝のことだから、医師がでてきたらまっさきにみてもらおうということになった。

 医師がきたので処置室にいく。水を飲んで、といわれて飲んだら、見ていた医師が「わあ、でたでた」(月じゃなあいっ!)

 こうして、咽頭に穴があいていることが判明した。穴があいているところに食べ物を通すわけにはいかないので、再び鼻から管を入れ、食事は当面「鼻から流動食」になった。

 せっかく「刻み食を食う」ところまでいったのに、数歩後退。あとは嚥下がうまくなるだけ、このまま順調にいけば8月末には退院か、と思っていたのに。

 咽喉頭全摘手術をした患者の回復には、段階がある。基本的に癌研病院では次のようになっている。
 術後3日間ですこしずつベッドの角度をあげていって問題がなければ4日めくらいから歩行可能。
 1週間めにおなかの調子がよければ、鼻から流動食が可能。
 2週間めに咽頭に穴があいておらず、ちゃんとくっついてているようなら口から食事が可能。

 Tの場合、どれもクリアしてきたので、「順調な回復」だとばかり思っていた。嚥下が習得できれば退院できると思っていたのだ。貧血や失神は、医師らの対応を見るかぎりたいした問題ではなさそうだったし。

 医師たちも順調だと思っていたらしい。今頃、穴があくなんて、と、みんなで話していたという。穴があいた原因は、気管孔周辺の感染が咽頭に飛び火し、感染が咽頭の壁を溶かしたのではないか、というのが医師たちの見解だった。

 Tはあまりがっかりしていなかった。回復途中の「足踏み状態」だと思った。しかし、私はひじょうにがっかりした。「一歩後退」だと思ったのだ。

 穴がふさがらなければ退院できない。それはいつごろなのか。なんとなく退院が見えていたときに、「退院」の文字が消えちゃった。

 さて、あいてしまった穴はふさがなくてはならない。
 自然にふさがるのを待つのか。しかし自然閉鎖しなかった穴は、手術によって閉じるしかない。

 穴の閉鎖方法はなかなか示されなかった。しばらくようすをみる、ということもあったと思う。しかし、今後の治療方針が示されないことで、Tはストレスをためていった。元気がでなくなった。T自身も「このままではいけない」と、退院後の楽しみを箇条書きにしてみたり、ゲームに取り組んでみたりしたが元気はわいてこなかった。

「(穴をどうするかは)だんだん決まってきましたからね」

 D医師は一言声をかけてくれたが、Tの気持ちはなかなか浮上しなかった。

「いま、このとき、心弱くなり。あらぬところへ我が身を運んでしまう」

 Tが書いたこのメモをみると、そうとう落ちこんでいるのがわかる。「くそっ。Dなんかに負けるか」という書き込みもあった。Tが戦う相手は医師ではなく病気なのだが、このさい気持ちを奮いたたせるためなら誰にやつあたりしてもいいですよ。

 穴は、自然にふさがる兆候をすこしもみせなかった。



                                        

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